「4月生まれ有利」「翌3月生まれ不利」は本当か

教育経済学者・中室牧子慶應大学准教授監修による新連載「経済学で読み解く現代社会のリアル」では、気鋭の経済学者(と博士課程に在籍する学生)が、最新の研究成果をわかりやすく解説していきます(連載の趣旨はこちらをお読みください)。記念すべき第1回は、中室准教授が「生まれ月の格差」について検証します。

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この記事はヤフで取りました:https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20180814-00233182-toyo-bus_all
 プロスポーツ選手に4月生まれが多いという話を聞いたことはないだろうか。

 同じ学年に属していても、4月生まれと翌年3月生まれでは、生まれ月に約1年の差がある。特に学齢が小さい間は1年の差はとてつもなく大きい。体格はもちろんのこと、情緒や精神面での発達にも大きな差があるだろうことは想像に難くない。

 同じ学年での実年齢の違いは「相対年齢」と呼ばれる。たとえば日本では、4月生まれの生徒は相対年齢が高く、翌年3月生まれの生徒は相対年齢が低いということになる。

 この相対年齢の高低がスポーツでのパフォーマンスや学力に与える影響については、多くの研究が行われてきた。イギリスとオランダのサッカー選手には相対年齢が高い者が多いことを示す研究は有名だ[1]。そして、世界中の国々のプロスポーツ選手について、同様の傾向が認められている。

■入学時期を1年遅らせる制度がある

 スポーツ以上に歴史が古いのが、学力に対する影響を調べた研究である。

 1990年代後半から2000年代初にかけて行われた教育心理学の研究蓄積を見ると、学力に対する生まれ月の影響は、幼児期や小学校の低学年では大きいものの、その格差は徐々に縮小し、小学校の高学年には消滅するという結論のものが多い(詳しくはStipek, 2002のサーベイが詳しい[2])。

 もしこれが正しいのなら、相対年齢による格差は自然と消滅するので、さほど重要な問題ではないということになる。

 ところが、この解釈には慎重になる必要がある。

 なぜなら、学力に対する生まれ月の影響が観察されているほとんどの先進諸国では、幼稚園や小学校の入学時期を1年遅らせるという選択をすることが可能な制度があるからだ。

 たとえばアメリカでは、この制度を「Academic Redshirting」と呼ぶ。

 Redshirtというのは、大学におけるアメリカンフットボールの選手登録制度を語源としている。選手登録ができる年限は4年間となっているため、同じポジションに有能な上級生がいる場合、新入生を選手登録せずに2年目から選手登録し、大学に在籍する期間を延ばす選手のことをRedshirtという。

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このことから、後に有利になるよう学年を遅らせる戦略のことをRedshirtと呼称するようになったらしい。

 アメリカでは10%程度の保護者が幼稚園や小学校の入学年齢を遅らせる選択をしている。富裕層にこうした選択をする人が多いことも知られている。

 おそらく、相対年齢の低い子どもをもつ教育熱心な親が、自分の子どもが有利になるように入学時期を遅らせているのだろう。このような親の自発的な選択を考慮しないと、学力に対する生まれ月の影響を少なく見積もってしまう。こうした推計上の歪み(バイアス)は、専門用語で「セレクション・バイアス」と呼ばれている。

■生まれ月の格差はほぼ縮小しない

 周知のとおり、日本はアメリカのように、保護者が子どもの入学年度を選ぶことができない。先進国では、こうした国はすでに少数派で、日本以外にイギリスやノルウェーなどがある。

 経済学的な視点でみれば、こうした国々のデータを使うと、生まれ月の学力への影響を推定する際、親が自発的に入学時期を選択することによるバイアスが生じにくいので分析に適しているといえる。

 そこで、国際的に比較可能な学力調査(TIMSS「国際数学・理科教育動向調査」)を用いて、(その他のさまざまな統計的バイアスに配慮したうえで)日本のデータを分析した結果をみてみると、小学校4年生のときに生じている生まれ月の格差は、中学3年生になってもほとんど縮小していない[3]。

 それどころか、日本のデータを用いて行われた他の研究では、相対年齢による格差は、学力にとどまらず、進学、最終学歴、賃金など、人生における長期的な成果にまで影響していることを示している[4][5]。

 生まれ月がもたらす格差は、決して自然と解消されていくわけではないようだ。

 また、学力に対する相対年齢効果は、特に学力の低い子どもの間や保護者の社会経済的な環境が教育が困難な子どもの間で顕著であることを示す研究もある[4][6]。

■教育における対策が必要

 元々、不利な環境にいる子どもたちが、生まれ月という自分の力ではどうしようもないことによってさらに不利な状況に陥っていっていくことのないように、家庭や学校、塾などでも、特に注意が必要なのではないだろうか。

 では、具体的にはどうしたらよいのだろうか。

 学力テストを実施する時期を生まれ月によって変えて、それぞれの発達状況に合わせたきめ細かな評価をするということも考えられるかもしれない。たとえば、4月生まれは4月に、翌年3月生まれは3月に、などと生まれ月に学力テストを実施するというのはどうだろうか。

 確かに、近年の研究では、こうした取り組みをしてみると、生まれ月が学力に与える効果の推定値は小さくなったことを報告している研究がある。生まれ月が異なるのに、そのことを考慮せずに同じ時期に一斉に成果を計測していることが問題だという指摘である[7]。

 とはいえ、テストの時期を変えても生まれ月の効果はゼロにはならず、やはり何らかの、教育における対策は必要なようだ。

 もう一つの疑問は、なぜ相対年齢効果の格差は、長期にわたって観察されるのだろうか、というものだ。実はこの点については、まだそれほど多くのことがわかっている状況にはない。

 先行研究の中には、人生の初期に相対年齢が高いことによって同級生よりもスポーツや勉強面で有利になり、そのことが自分に対する自尊心や自己効力感を高めるからではないか、とか、教員やスポーツの指導者が相対年齢の高い子どもに対して肯定的な指導や活躍の場を与えることが理由ではないか、と指摘するものはある。が、いずれも実証的な検証は今後に委ねられている。

■相対年齢効果の格差解消の「処方せん」

 では、相対年齢効果の格差にどう対処すべきなのか。

 具体的な対策としては、指導者が相対年齢の高い子どもばかりによい機会を与えないようにする配慮を行うことが考えられる。

 特に低年齢の子どもたちに、生まれ月によらず「一律」の扱いをすると、指導者の目線は、相対年齢の高い「よくできる子」に注がれがちで、相対年齢の低い子どもが不利になっている可能性は高い。

 この点に配慮して、いくつかの国では、早生まれの子どもたちを対象に補習をしたり、生まれ月によってクラス分けをしたり、スポーツにおいてはゼッケンや背番号を生まれ月にしたりするなどの取り組みを行っている。

こうした取り組みは日本でも参考になるだろう。

参考文献
[1] Dudink, A. (1994). Birth date and sporting success. Nature.
[2] Stipek, D. (2002). At what age should children enter kindergarten? : A question for policy makers and parents. Society for Research in Child Development.

[3] Bedard, K., & Dhuey, E. (2006). The persistence of early childhood maturity: International evidence of long-run age effects. The Quarterly Journal of Economics, 121(4), 1437-1472.
[4] 川口大司, & 森啓明. (2007). 誕生日と学業成績・最終学歴. 日本労働研究雑誌, 569(12), 29-42.

[5] Kawaguchi, D. (2011). Actual age at school entry, educational outcomes, and earnings. Journal of the Japanese and International Economies, 25(2), 64-80.
[6] Crawford, C., Dearden, L., & Greaves, E. (2014). The drivers of month-of birth differences in children's cognitive and non-cognitive skills. Journal of the Royal Statistical Society: Series A (Statistics in Society), 177(4), 829-860.

[7] Black, S. E., Devereux, P. J., & Salvanes, K. G. (2011). Too young to leave the nest?  The effects of school starting age. The Review of Economics and Statistics, 93(2), 455-467.